「美鶴ー?」
ガラガラと妙に大きな音をたてながら、玄関のガラス戸を開く。 築60年の古風で小さな建物は、外から見た以上に中の景色は寒そうだった。 何しろ、無駄なものが嫌いな彼は余計な買い物をしないので、家中が妙にがらんとしている。 夏に来たときはそれなりにこざっぱりとした印象を受けたが、マフラー手袋そしてコートと全身装備をした今の亘にはあの時と同じような印象はもう持てなかった。 まあ、石油ストーブがんがん焚いて自分の訪問を待ってくれているなどという期待は微塵もしていなかったわけだが。 「美鶴ー・・・」 とりあえずもう一度呼んでみた。一人暮らしといえど鎌倉の安物件、それなりに広さのある家に彼は住んでいる。東京暮らしの亘にはなんとも羨ましい話だ。 だが、奥から声が帰ってくる様子は無い。 大体なにより、どんなときでも流れているレコードが流れていないというのが、彼の不在を証明している。 「メール、したよな」 東京暮らしの亘には、開いている家にあがりこむのはなんとも気が引ける。 とりあえず玄関ポーチに入って寒さをしのぎつつ、携帯を開いた。 返信メールはきていない。はなからあまり期待はしていないが。彼は携帯電話が嫌いなのだ。 しかも携帯をいじってじっとしていたらかえって寒くなってきた。 仕方が無いので歩いて時間をつぶそうと、妙にうるさいガラス戸にもう一度手をかけると、なんの抵抗も無く開いた。むしろあまりに勢いよく開くので、かけた手が引っ張られて扉と一緒に亘の身体まで横に持っていかれてしまった。 「あれ、ごめんねえ!」 開いた戸の向こう側には、中年のおばさんが小さなダンボールを抱えて立っていた。 戸に翻弄されふらふらしている亘を見て、おばさんはぽっちゃりした頬を緩ませてけらけらと笑った。 「あ、いえ、大丈夫です」 「はーあ、おっかしい。あ、これさっき言ったお野菜ね。どうぞ食べておいしいから」 「あ、どうも」 「それじゃ先生によろしくね」 「はあ」 てきぱきと用件を済ませ、おばさんは亘に背を向けて歩き出した。歩きながら、手に持っていたエプロンを腰に巻いている。 「あ、すいませんあの!!」 「?なーに?」 「僕芦川君の友人で、遊びに来たんですけど、ちょっと留守みたいで」 「あらそう、まだ帰ってきてなかったの」 「どこへ行かれたかとか、ご存知ありませんか?」 「いやね、さっきそこで会ったのよ。散歩しててね、わんちゃんの。可愛い柴犬でねえ」 「散歩ですか」 「そうそう。先生わんちゃん飼われてたのね。お仕事大変でしょうに、偉いわあ」 「伝えておきます」 美鶴は相変わらず生徒にも親御さんともうまくやっているようだ。亘は、おばさんにつられて自分も頬が緩むのを感じた。 「でも会ったのもちょっと前だからね、今どこを歩いてるかはわからないねえ。ごめんなさいね」 「いえ、こちらこそお忙しいところ引き止めて申し訳ありませんでした」 「それじゃあ、こんな田舎だけど、ゆっくりしていってね」 「はい、ありがとうございます」 おばさんの後姿を見送りながら、亘はぼんやりと去年の夏のことを思い出した。 恐らく彼はあそこにいるだろう。大体見当はついた。
by yuzukkoaiko
| 2007-01-04 23:17
| ブレイブストーリー
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