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暑い、じんわりと暑い。
気温自体はそんなに高くは無い。湿度が高い、そんな気がする。
信号待ちで立ち止まっていると、風が吹いた。都会のさまざまなものが混ざり合った、心地よいとはとても言えない風だが、暑さは若干緩和された。
だが、歩き出すと、それもまるでなかったかのように感じられた。
「・・・ったく」
美鶴は、小さく毒づいた。もっとぎりぎりに家を出ればよかったんだ。何を思ったか早く起きてしまって、早起きのついでに待ち合わせの時間まで街をふらふらしてみるか、なんて。思いついてみるんじゃなかった。
まったくもって、こんなに外の世界が暑いとは。
こう、真夏のからっとした暑さとはまた違う、梅雨と初夏の合間の暑さ。要するに蒸し暑さ。不快指数というやつが、みるみる上がっていくのを感じる。
そして、今日は日曜日。場所は新宿。人がすさまじく多いのだ。
右から左から、誰も彼もが誰かの道筋の邪魔になり、まっすぐ歩くこともままならない。
街をふらふらしてみるか・・・って、これじゃ文字通りふらふらしてるだけじゃないか。
何か目的を持たないと、こんな場所で歩いてられない。
亘との待ち合わせ時間まではまだ一時間ほどある。それまで、なるべくスムーズに時間をつぶせる場所。
ポケットティッシュの配布をかいくぐり、甲高い声を上げて客寄せをする店の前を通り過ぎ、美鶴は紀伊国屋書店へ入っていった。

まぁ、ここも人が多いことには変わりない。が、本を読む・・・という目的の元に集った者達というのは、各々別の目的を持って街を歩いている者達とは違う。とりあえず、誰かの道筋の邪魔になったりということはあまりない。各々が読みたい本の場所にまっすぐ向かい、標的を見定めたらそこを動かず、標的を変えたら体中からそのことを示すオーラを出している。この本屋にいる人間達は、そうやって自らのオーラを纏い、集っている、そんな気がする。
(なんてな)
洋書のペーパーバックをつらつらと見やりながら、美鶴は自分がひねり出したくだらない思考に苦笑した。
適当に目の前に置いてあった本を手にとる。最近流行の外国ファンタジーだ。
(This is deep imagination・・・He was very suprised)
頭の中で英文を反芻する。子供向け小説らしく、美鶴にも大体理解は出来るものだった。
とはいえ、多少読むのに苦労する部分もあり、気が付くと夢中になって読み進めていた。
新しく導入された英語の授業に苦しむ亘に、美鶴が教えてやることも多い。そして、教えることによって新しく気付くことも多く、美鶴は英語というものの面白さに気付き始めた頃だった。
それなので、最初のうちは異変にまったく気付かなかった。やっと気が付いたとき、”それ”にはかなり疲労の色が見えた。
遠い遠い、ガラス板を何枚も挟んだ先のような淀んだ空間で、誰かが叫んでいた。
一瞬、不審者が遠くのフロアで騒ぎを起こしているのかとも思った。だが、美鶴の周りにいる人たちはその騒ぎに気付いた様子が何もない。
館内アナウンスかとも思ったが、そんなはずもない。その声の主は、男だったし、年齢も大分若そうだった。第一、こんな感情のこもったアナウンスはない。
だが、肝心の、何を言っているかが・・・よくわからない。とにかく聞き取りづらいのだ。美鶴は耳を済ませた。
<・・・・や・・・・なおや・・・>
ガラス板が一枚減った。だが、まだ言っていることの全ては聞き取れない。
もどかしく思った。理解できない英文、聞き取れない声。
(なんなんだ?)
すると、突然美鶴の頭の奥に、すさまじい痛みが走った。とんでもない力でぐっと押し付けられているような、静かだが圧倒的な力が。
とたんに体のバランスを失い、美鶴はふらふらと壁にもたれかかった。洋書コーナーは人も少なく、壁に近いところで本を読んでいたのが幸いだった。
息が荒い。長距離走を走りきったときのように、美鶴は空気を求めていた。
呼吸を整えながら、周りに人がいないことを確かめた。人がいて、美鶴のこの様子に気付いていたら、すぐにこの場所から立ち去ろうと思ったのだ。
人は、いた。予想通り、驚いた様子で自分を見つめている。だが、なんだか様子がおかしい。
通路のど真ん中に立ち尽くして、美鶴を見つめている。ついさっきまで本を読んでいた、という雰囲気ではなく、あの人気分が悪そうですよとお客に言われて見に来た店員のようだった。だが、見た目が明らかに店員ではない。
そこにいるのは、少年だった。美鶴より、3・4歳年上、高校生といったところか。だが、その表情は一般的な高校生のそれよりもずっと重いものを背負ったようなものだった。
ふと、昔の自分に似た何かを感じた。幻界へ行く前の、自分。
思わず美鶴が自分の思考に入り込みそうになっていると、その少年の声が現実に引き戻した。
「君、聞こえたの?」
その声は、さっきまで美鶴が懸命に聞き取ろうとしていたものと同じだった。
遠い知らない世界にあったはずのその声は、今彼の目の前に存在している。
そして美鶴は、持ち前のカンのよさで、少年が今言ったことの意味がわかったのだ。
(俺はまた面倒なことに関わったのかもしれない)

それが、稲村慎司と、芦川美鶴の出会いだった。
そして同時刻、同新宿で、三谷亘もある人物に出会っていた。
by yuzukkoaiko | 2006-07-02 23:45 | ブレイブストーリー
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