*(千昭)

「ありがとうございましたー」
自動ドアがかすかな電気音と共に閉まる。
商店街の一角にある小さな書店の前に、間宮千昭は立っていた。
店から出たとたん、初夏独特の湿気の多い空気に囲まれ目をしかめる。
しかも今の時間は日中、一番陽の高い正午。
学生であるはずの彼がなぜこの時間に商店街のど真ん中に立っているのかというと、テストが終わり、今日から午前中授業になったからだ。

「やったあ、明日から午前中授業だって!野球しまくれるねえ」
HRが終わり、次々とクラスメイトが部活動へと急ぐなか、真琴はのんびりと振り返り千昭と功介に満面の笑みでそう言った。
だが、その喜びもつかの間。
「おい紺野、ちょっと来い」
「・・・千昭よんでるよ」
「はぁ?なんでおれ」
「わったし今日は魔女おばさんのとこに行くから急いでるんだ!代わりに話聞いておいて!」
「だからなんで俺なんだよ!先生、真琴が逃げるぞ!」
「紺野ぉ。逃げてもこの点数は変わらないぞ?」
と、黒い教師用のファイルから、白いプリントとちらつかせた。
「あぁあ!!せ、せんせえ!!」
人の少なくなった教室に、真琴の絶叫が響いた。

「どうする、キャッチボールだけでもするか」
「冗談」
横ではテニスボールの跳ねる音が心地よく響いている。
男二人、微妙な距離感で校門を出ると、功介は図書館へ行くと言っていつもと反対方向へ向かった。
一人校門のわきに残され、なんだか突然所在無くなった千昭は、真琴のいるであろう補習用の多目的室の窓に目をやった。
この教室に彼女が世話になるのももう何度目かなので、とうとう外からでも教室の場所がわかるようになってしまった。千昭がこの時代に来たのがこの春なので、相当の利用頻度ということになる。思わず小さく苦笑してしまった。
前回は先生が来るまで功介と二人でつきっきりで教えていた。そのときの真琴のせっぱつまった表情を思い出した。
ごそごそと無駄にでかい鞄をあさり、奥のほうに入っている財布を取り出し、中身を確認する。
今日もまた福島先生にしごかれるであろう彼女に、ジュースでも差し入れてやろうか。
それにしても、今日はいつもより財布に入れている現金が多いのは何故だろう。
「あ、そうだよ」
すぐに思い出した。今日は本屋へ行こうと思ったのだ。

「旅行」のジャンルの本棚には、雑誌「るるべ」が大半を占め、後は地元の観光案内本、「地球の歩き方」の少々古い版の物が並んでいる。
各「るるべ」の表紙には、キタは北海道ミナミは沖縄まで、日本の主な地域の名称が並んでいる。千昭が探しているのはこれではない。
だが、この本棚には「るるべ」以外にそれらしい本が無い。
10分ほどかけて隅々まで目を凝らして探してみたが、どうしても見つからない。
(あっちの時代だったら)
もっと簡単に見つかるのに。全てがデータ化された千昭の時代には、全国の本屋の最新蔵書リストがインターネットで簡単に見ることができる。
店員さんに聞いてみようかとも思ったが、前回、参考書を探しに来たときのことを思い出した。店員さんも、店内全ての商品を把握しているわけではないのだと知り、がっかりしてしまったのだ。
(・・・あっちの時代だったら?)
だからなんだと言うのだ。あの時代、あの未来の時代は-・・・・
「あ、ごめんなさい」
突然の声に一瞬肩が震えた。振り返ると、誰かがすぐ後ろをゆっくり歩いていくのが見えた。この書店は狭いので、きっと鞄同士がぶつかってしまったのだろう。
「すいません」
きっと聞こえないであろう小さな声と、見えないであろう小さな会釈を返した。
とりあえずもう一度探してみよう。ここになければ電車に乗って、大きな書店のある駅で降りれば良い。この時代の、乗車率がやけに高い電車には乗りなれていないが、それでも千昭は本が欲しかった。

「あ、あの、こんにちは、あの・・・」
先ほどの声がまた聞こえてきた。誰に言っているのかとぼんやり聞いていたが、それは自分に対するものだと言うことが数回目でやっとわかった。
「あ、早川サン」
顔を上げると、早川友梨が真っ赤な顔をして立っていた。
名前を言うと、彼女は明らかに嬉しそうな笑顔になり、かつその笑顔を必死に隠すように口を動かした。
「あ、あの、今日、真琴は?」
「あいつ補習だって。何、なんかあいつに用?」
「え、いえ、そういうわけじゃないんですけど」
「たぶんまだやってると思うよ」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
「うん」
そう言うと、千昭はまた本棚に目線を戻した。
「あの、ここ、よく来る・・・来るんですか?」
「ううん、今日が二回目」
「そうなんだ。そうですよね、帰り道反対方向だもんね」
「うん、あれ、何で知ってるの」
「あ、ま、真琴に聞いて」
「そっか」
「私ここ帰り道に通るから、よく使うんです」
「ふうん」
「旅行の本」
「え?」
「旅行の本、探してるんですか?」
「・・・・・・」
一瞬、言おうか迷った。なんだか妙に恥ずかしくなってしまったのだ。
「・・・いや、探してないよ」
目をそらして、そう言ってしまった。
「そ、そうですよね・・・・!」
なんだか妙な声質の早川友梨の声が、小さな本屋に響いた。
そのことにも動揺したのか、目線まで泳ぎだした。
「ごめんね何か、余計なこと言って」
「あ・・・え?」
「それじゃ、真琴によろしく言っておいてください」
と、わたわたと鞄を持ち直したり、スカートのすそを撫でたりと急がしそうにしながら、早川友梨は妙な仕草で出口に向かって歩き出した。
「早川サン、ちょっと待って」
小声で千昭がそう言うが早いか、彼女の鞄がどこかにぶつかり、本が数冊床に落ちてしまった。
レジの目の前にある、新刊の文庫本を置いたりするような、目立つ本棚だ。
「ごめんなさい」
「あぁ、いいよ。ごめんね」
先日千昭の参考書を探した若い店員さんではなく、年をとった白髪の目立つおじさんが、のんびりとカウンター越しに友梨に言った。顔なじみらしく、本を拾う彼女となにか会話をしている。
この人に聞けば、わかるかもしれない。そう千昭が思ったとき、友梨の手元の本に目が行った。









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by yuzukkoaiko | 2007-02-15 19:10 | 細田守・「時をかける少女」
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