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*(2)

今年の正月は快晴を見なかった気がする。
どんよりとまではいかないが、ほどほどの青空にほどほどの雲、時折完全なくもり。
今年は初詣がにぎわっているらしい。雨が降らないおかげだろう。
最も美鶴は三が日の間に初詣に行ったことは一度も無かった。
人ごみがある程度引いたであろう時を見計らって行って、参拝を済ませただけで帰ってしまう。もしその年に受験を控える生徒がいれば、合格祈願の絵馬を書く。おみくじはやらない。
美鶴は神を信じない。絶対的なものなどこの世にないと硬く信じている。
それは亘ももちろん同じで、以前飲みながらこの話をしだしたら二人とも止まらなくなり、朝まで寝ずに語り明かしたことがあった。
「二人とも難しいこと話すよなあ」
小村はカウンターの向こうで腕を組み、感心していた。その日は亘以外にも、懐かしいメンバーが小村の居酒屋に集まっていたが、最後まで起きていたのは亘と美鶴だけだった。

人は何を信ずるか。何かを信ずることによってしか生きることができないのだろうか。
まだ小さかったあの日、理不尽に投げかけられた現実がそれを問いかけた。その問いは、まるで引き抜こうとすれば余慶に血が噴出す弓矢のように、美鶴の心に突き刺さったままだった。
それは今でもそのままで、時折それに触れてしまうと、一瞬であたりが血に染まっていくのがわかる。
拭い取ることができなかった。両手が、矢から離れないのだ。

「ハナ、お前寒くないのか」
ハナと呼ばれた柴犬は、懸命に地面の匂いを嗅いでいて美鶴の問いかけに気がつかない。
自販機で買ったホットコーヒーはもうすっかり冷めている。元々コーヒーはあまり好きじゃないので、冷めたホットなんて余計飲みたくない。ちょっとだけ中身が残っているのはもったいないが、捨てることにした。
「ゴミ箱ゴミ箱」
正月休みで鎌倉の道路には人も車もほとんど無く、意味も無いひとり言がつい口をついて出てしまう。
美鶴は海岸へとつながる商店街の道を歩いている。いつもはにぎわうこの商店街も、正月だけはほとんどの店がシャッターを閉じ、このときばかりは表ではなくその奥、店主の自宅がにぎわいを見せるわけだ。
まっすぐにつづく道の向こうに、うっすらと海が見えてきた。
曇り空の下に広がる水平線はほとんど空と見分けがつかず、夏季に見るあの美しい景色とは比べ物にならないほど寂しいものだが、美鶴はこの景色が好きだった。
見るだけなら良いのだが、実際近づいてみると冬の海岸は寒い。
また何か暖かいものを買おうかと考えていると、10メートルほど先に真っ赤なコカコーラの自販機を見つけた。その隣にはもちろんゴミ箱もある。
「あった」
同時に、ハナが動きを止めた。同じような場所に鼻を近づけ、用心深く何かを探っている。
「お前もあったか」
by yuzukkoaiko | 2007-01-05 15:45 | ブレイブストーリー
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